G2: 異常検知
顕微鏡画像の異常検知の重要性
生命科学分野では、顕微鏡計測技術の発展により、単一細胞レベルで多様な現象の観測が可能となっている。例えば、
- 薬剤耐性を示す少数の細胞(persister)
- 発生過程における異常な細胞分裂
- 表現型として顕在化する前段階の微細な変化
といった現象が観測対象となる。
これらの現象は、細胞間のばらつきや時間的変動として現れるため、集団平均に基づく解析では、状態遷移に関わるダイナミクスが失われる可能性がある。
顕微鏡画像を「状態空間」として捉える
顕微鏡画像は単なる視覚情報ではなく、細胞状態の高次元表現とみなすことができる。具体的には、 「形態およびその空間配置」や「動態」といった情報が統合され、時間とともに変化することで状態遷移を形成している。 通常の生物学的プロセスは、状態空間上の一定の遷移パターンとして表現される。
この観点に立つと、異常検知は「状態空間における通常の遷移からの逸脱を検出する問題」として定式化できる。
この枠組みに基づく顕微鏡画像解析は、以下を可能にする:
- 大規模データに対する自動スクリーニング
- 希少な振る舞いや特徴的なパターンの抽出
- 新たな実験仮説の生成 すなわち、観測データから未知の現象を探索するための基盤となる。
技術的課題とアプローチ
一方で、生物学における「異常」は事前に明確に定義されない場合が多く、研究の目的自体が未知現象の発見にある。このため、
- 異常のラベルを前提とする教師あり学習は適用が難しい
- 正常データから構造を学習する異常検知が重要となる さらに、
- 撮影条件の変動やノイズによる見かけ上の変化
- 多様な正常パターン(heterogeneity) が混在するため、単純な再構成誤差や統計的外れ値検出では不十分である。
そのため、正常の多様性を表現しつつ、観測ノイズと生物学的変化を分離する表現学習が必要となる。
本研究室では、顕微鏡画像から抽出される情報をもとに、
- 状態表現の学習
- 時系列としての状態遷移のモデル化
- 異常の検出とその解釈 を深層学習技術で統合的に扱うことで、異常の検出にとどまらず、その背後にあるメカニズムの理解へとつなげる計算基盤の構築を目指している。
研究の特徴
- 正常構造からの逸脱として異常を定義する枠組み(特に少クラスの異常検知の実現)
- 時間的一貫性を利用した異常検出
- 分布整合に基づく異常検知のロバスト化
対象データと応用
本研究は、線虫胚の初期胚発生に関与する遺伝子のRNAi胚(遺伝子機能を低下させた胚)を撮影した画像における異常検出などに応用しています。 これにより、従来は見逃されていた微小な状態変化や異常パターンを検出することが可能となり、生体現象の理解や異常機構の解明に貢献します。
顕微鏡画像や時系列データにおいて、通常とは異なる状態(異常)を検出することは、生体の状態変化や異常現象の理解において重要な課題です。
例えば、細胞の異常分裂、発生過程の逸脱、細菌の生死状態の変化などは、観測データ上では微小な変化として現れることが多く、事前に明確なラベルを付与することが困難です。
具体例:再構成に基づく異常検出
本研究の枠組みの一例として、拡散モデルなどの画像生成モデルを用いた異常検出が挙げられます。
正常データから学習したモデルにより入力画像を再構成し、入力画像と再構成画像との差分を解析することで、通常の構造から逸脱した領域を異常として検出します。

観測条件の変動やデータ分布の変化が大きい場合には、特徴分布の整合化やドメイン汎化の枠組みを併用します。 これにより、観測条件の違いに起因する変化と、本質的な異常を区別することが可能となり、より安定した異常検知を実現します。